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大阪高等裁判所 平成3年(ラ)19号 決定 1991年2月25日

抗告人

大森興産株式会社

右代表者代表取締役

大森敬豪

右申立代理人弁護士

森川清一

相手方

佐野歌子

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、

「一 原決定を取り消す。二 京都地方裁判所平成元年(ワ)第一七六九号賃料増額請求事件につき、相手方が負担すべき訴訟費用額を原決定添付別紙計算書記載のとおり金一五万円と決定する。三 抗告費用は相手方の負担とする。」

との裁判を求めるというのであり、その理由として、抗告人は、次のとおり主張した。

1  民事調停法一九条によれば、調停が成立しないものとして、調停事件が終了した場合に、申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的である請求について訴えを提起したときは、調停の申立の時に右訴えの提起があったものとみなされると規定されている。

2  本件において、抗告人は、昭和六三年八月二九日、右京簡易裁判所に本件土地の賃料増額請求の民事調停の申立(昭和六三年(ユ)第二二号)をしたが、平成元年七月二一日、右調停事件は不成立により終了したので、抗告人は、同月二六日、京都地方裁判所に本件土地の賃料増額請求の訴え(平成元年(ワ)第一七六九号)を提起したことにより、右訴えは、昭和六三年八月二九日に提起されたものとみなされることになる。

3  抗告人が、平成元年三月一三日にした証拠の申し出に基づき、右京簡易裁判所(調停委員会)が、鑑定(民事調停規則一二条一項、四項)を命じ、同裁判所に提出された不動産鑑定評価書(甲第一号証)の作成のため、同年三月一四日、抗告人が予納した(民事調停規則一五条但書)、民事調停予納金(鑑定料)一五万円は、民事訴訟費用等に関する法律一一条一項一号所定の費用に該当し、抗告人は、同法一二条一項によりこれを予納した。

4  民事訴訟費用等に関する法律五条一項は、当然のことを定めた注意的規定であって、貼用印紙以外の全ての調停費用につき、これが訴訟費用から除外されることを前提とした例外的規定ではない。

民事調停法一九条が「調停の申立の時に、訴の提起があったものとみなす」と規定するのも、調停手続きにおいて採用された鑑定費用等を訴訟費用の一部として、その具体的な金額の確定を第一審の受訴裁判所の決定(民訴法一〇〇条一項)に委ねることにしているからである。

5  原決定のとおりであるとすれば、本案の審理をした裁判所が、「訴訟費用は被告(相手方)の負担とする」と判示しても、結果的には、訴訟費用を全部勝訴の原告(抗告人)が負担するという不合理なことになる。

6  原決定の論旨は、民事調停法、同規則その他法令上に明文の規定がなく、その法的根拠を欠く独断に過ぎない。

二民事調停法一九条によれば、同法一四条の規定により事件が終了し、または、同法一八条二項の規定により、決定が効力を失った場合において、申立人が、その旨の通知を受けた日から二週間以内に、調停の目的となった請求につき訴えを提起したときは、調停の申立の時に、その訴えの提起があったものとみなす旨、定められていることが明らかであり、同旨の規定として、民訴法四四二条一項、同法三五六条三項、及び家事審判法二六条二項がある。

このような場合においても、前の手続きと後の訴訟とは、別個の手続であるとみるべきであるが、後に提起された訴訟事件の訴え提起の時期を前の調停申立の時期とみなすべき効力適用の範囲をいかに定めるかについては、関係法規にも明確な定めを欠き、結局のところ、右各手続規定の趣旨により決めるべき解釈問題であり、かかる見地からは、民事調停法一九条の趣旨は、専ら、申立人が出訴期間経過の不利益を被ることと、時効中断等の利益を失うことを防止することにあると解するのが相当である。

次に民事調停手続と民事調停法一九条によって調停申立の時に訴えの提起があったものとみなされる訴訟手続とは、前記のとおり、別個独立の手続であるところ、このような訴訟手続とは別個独立の手続の費用は、明文の規定のない限り、その後に提起された訴訟手続の訴訟費用の一部になるものではないと解すべきである。そして、例えば、訴訟手続以外の手続費用であっても、訴訟手続に移行した督促手続の費用、起訴前の和解が不調のため訴えを提起されたものとみなされた場合の和解の手続費用、訴え提起前になされた証拠保全手続の費用等については、これを、その後に提起されたものとみなされた訴訟又は現実に提起された訴訟における訴訟費用の一部とみなし、或いは、右訴訟費用の一部とする旨の明文の規定がある(民訴法四四二条一項、同法三五六条三項、同法三五一条)。しかるに、民事調停法一九条により、調停の申立の時に、その訴えの提起があったものとみなされる場合の訴訟については、民事調停手続に要した費用を、その後に提起された訴訟の訴訟費用の一部とする旨の明文の規定がないから、右民事調停手続に要した費用が、その後に提起された訴訟の訴訟費用の一部になるものとは解し難い。右の場合の民事調停手続に要した費用は、民訴法一〇四条を類推して、民事調停を申立てた裁判所に調停費用の負担を命ずる裁判を申立て、これに対する裁判によって、その負担を定めるべきものと解すべきである。

抗告人は、右民事調停法一九条の規定によって定められた後の訴えの時期の遡及効が訴訟費用の点についても効力を有するとし、その所以についてるる主張するが、独自の見解であって、採用し難い。

また、一件記録を調査しても、他に原決定を取り消すべき違法な点があるとは認められない。

三以上のとおりであって、抗告人の本件訴訟費用額の決定を求める申立は理由がなく、これと同旨の原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官東條敬 裁判官小原卓雄)

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